7月9日、この夏に行なわれる対馬日韓合同海岸清掃の会議のため「美しい対馬の海ネットワーク」の中心人物である脇本さんが厳原まで行くという。僕達もな にか意見をと同行することになった。ここで「対馬エコツアー」の上野さんと「対馬カヤックス」中澤さんに出会うことになった。実は今回の遠征に使用してい るウォーターフィールドのホエールウオッチャーは対馬カヤックスで使用されていたもので対馬から山口まで送っていただいたものだった。真珠養殖に使われて いたという二人の会社の艇庫は隣接しておりどちらも広々として中にはたくさんのカヤックが保管されていた。浅茅湾でのツアーが中心とのことで穏やかな海域 のツアーはいつも賑わっている。今回は韓国に行くことが目的で浅茅湾を漕ぐ余裕がない。しかし海図を見ただけでもこの湾は面白そうだ。リアス式の自然海岸 が続くこの湾は慣れていてもどこを漕いでいるのかわからなくなるのだという。
夕方に市役所にいき担当職員の人との会議。夜は上野さんの経営するバーに行き酒を飲んだ。カウンターで酒を出しながら上野さんが言った。
「この50年で変わってしまった海を元に戻し次の代に伝えていかなければならないよね。」
同じ想いを共有できるカヤッカーがいる。嬉しかった。
アウトドアで活躍するカイド達は自然のスペシャリストとして自然保護活動にも熱心だと思われがちだが実際はそうでもない。基本的には自分達だけが楽しめば よいといった感じの快楽主義者が大半だ。海が汚れていても浜にゴミが押し寄せていてもその存在を消し僅かに残った美しいものだけをみて幸せになれる。強い ものには逆らわず行政にはまあまあと言って仲良く仕事をして補助金のおこぼれをもらい自己満足。そんな感じだろう。それはガイドだけではなく漁民も農民も そんな具合だからダムは作られ海岸は埋め立てられ挙句の果てには原発も作られる。間違った論理が経済!という大声によってかき消され大手を振って歩いてい る。まだまだヨーロッパの環境政策から20年遅れをとる日本で自然保護を実践するには個人の反抗から始めるしかない。そのどこにも属さない個人の横のつな がりが増えてゆけばそれが強い力となる。動員された人たちは肝心なところで逃げてゆくものだ。
酔いどれの頭で上野さんのいう50年前の対馬の海を想像していた、、、。
翌日も脇本さんの臨時議会のお供をして豊玉へ。有名な和多都美神社に参拝。柱が三本建つ三柱鳥居が面白い。キリスト教の影響もあるようで神社の祭殿にはユ ダヤの六芒星が掲げてある。海神を祭るこの神社とユダヤ。海へと続く鳥居をくぐりながら上陸した対馬の豊玉姫とはいったい何者だったのだろうか。豊玉姫の 墳墓を前にしてそんなことを考えていた。
豊玉からの帰り対馬中央部に位置する上対馬のゴミを集積場を訪ねた。そこは海岸漂着ゴミの集積場にもなっていた。漁師達が仕事として集めたゴミがプラス チックごみや発泡スチロール、流木といった具合に分別して積み上げられている。その広さ東京ドーム一個分といったところか。その広大な敷地にびっしりと屯 袋が積み上げられている。日本海にはゴミが多いと実感していてもそれは浜に散乱するゴミを見ていただけ。しかし集められ集積したゴミの山を目の当たりにす るとさすがに唖然となる。しかも対馬の海岸は少しもきれいになっているとは思えない。実際にはこの何十倍何百倍、いや何千倍のゴミが今も海を漂い海岸に押 し寄せる。プラスチックは船で北九州に送る。一つの屯袋の輸送費は1万円。対馬だけで10億の予算がついている。しかし現状は解決からはまだほど遠いの だ。
集積場の一角に画期的な装置もあった。発砲スチロールの油化装置だ。島内の温泉施設などに使用されるらしいがまだ一日の生産量は70リットル。まだ実験段 階といったところだ。しかしこの装置が進化してプラスチックも同様に油化できるようになればゴミのそれは資源となる。漂着ゴミが資源に変わるのなら人々は 拾い始めるだろう。その前に海に流す行為もなくなるのではないか。希望持てる施設の見学となった。