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康司の遠征日誌 8

今回の遠征の中で僕が心配していたのが西から東へ流れる対馬海流の影響だ。
今回の角島~沖ノ島間はその対馬海流に真向いに向かっていくことになる。初日の失敗は海流に加えて西風の影響も大きかった。海流も沖合の早い場所では2 ノット程度は流れていることが分かった。沖ノ島横断の成功の鍵は良い東風が吹くことだということは体で経験した。ただあまり強く吹けば波の力と相反して危 険な3角波地帯となることもある。
僕は2つの選択肢を示した。一つは角島の出発にこだわり東風を吹くのを待つか。二つ目は出発地を移動して韓国到達を最優先してルートどりをするかであった。
難しい選択だった。
角島はマイクがビーチクリーンを続けるシンボリックな場所だ。こだわりたい気持ちは充分にわかったが僕にもマイクにも遠征に充てられる時間はそう多くなかった。
僕たちは韓国到達を第一の目標にして出発地を変更することに決めた。

6月25日、福岡県宗像市まで車を走らせた。角島からカヤックで宗像まで移動することも考えたが翌26日が最高の海況となる予報が出ていた。どのルートをとるとしても海況横断には最高の天候となるためその日を沿岸航海にあてるのは惜しかったという理由もある。
宗像へ移動する途中に門司にある第七管区海上保安本部に立ち寄った。もし来れるなら来てほしいという要請とこれから先の海の情報を仕入れる目的もあった。
「正直驚きました。」
若いころは海猿だったという鋭い目力をした海上保安官がそう切り出した。
というのも僕たちが引き返す選択をするとは思っていなかったというのだ。
「無謀なチャレンジだと思っていました。だけど引き返す勇気をもっておられた。安心しましたよ。」
「死にたくないですからね。。。」
そう談笑しているとその上司らしい保安官がドンと資料と持ってきた。
「これがあなたたちが行こうとしているルートです。」
それは関門海峡から中国や韓国へ向かう船舶のレーダー航跡図たった。海路は真っ赤に染まった状態で相当数の船舶の往来があること示してる。
「あなたたちが行くとしているルートは非常に交通量の多い海域です。カヤック単独で行くことはとても無謀で容認できません。」
あぁ、また始まったと思った。
「僕たちはこのチャレンジを諦める気はないし、海上保安庁にそれを止める権限もないはずです。」
「もし沖の島~対馬を目指すならサポート船を必ずつけてください。あなたたちの安全を考えての指導です。」
僕たちの安全というよりは何かあったときの自分達の責任問題を考えているのではないかと思ったが口には出さなかった。
結局、海の情報部にも入手したかった対馬海流の流速図はなかった。エンジン船が主流の今は2ノットの海流など考慮する必要もなくなったのだろう。

宗像の鐘崎漁港に向かった。ここから北へ50kmに沖ノ島を望む。沖ノ島に向かう最適な場所だ。海上保安庁との話合いを無視するわけにもいかず駄目元で あったがサポート船の可能性をさぐるためだ。鐘崎漁港の組合長はとても親切で複数の漁師にあたってくれたが答えはNOであった。唯一話を聞いてくれた遊漁 船の船長から提示された額は対馬まで20万円という金額だった。もちろんそれは妥当な額ではあったが僕たちの資金にそれだけ捻出する余裕もないしましてや サポート船をつける重要性も感じていなかった。

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