さて、この遠征の背景を少し紹介したいと思う。遠征の出発が近づき、驚いたことに、僕の働く周南の英会話学校の職場から 最長2週間の休暇をもらうことができた。祝日以外に休暇をもらうことなど、英会話講師にはとても珍しいことで普通はありえないことなのだが、僕の上司は精一杯協力してくれた。だから僕も必ず2週間以内に戻って来れるようにするつもりだった。約束の2週間目が近づいたとき、僕たちは今までで一番韓国に近い 対馬の佐護にいたのだが、そのとき台風も接近していたため,遠征から戻るのが1週間延びる恐れがあった。この地点では、僕たちはあまり韓国の税関と入出国管理局から入国の許可がもらえる自信がなかった。さらに、僕の所持金が もうあと数百ドルしか残っていなかった。僕は自分自信に問いかけた:いったいいつまでここに居続けなければならないのか、いったい自分はこのためにどれだけの犠牲を払えるのか?僕らの友人の脇本さんが,対馬の北部の韓国を眺めるのに人気の場所に連れて行ってくれた、僕は真剣にこの自分自身の問いかけについて考えていた。もしも僕が仕事とアパートと車を失い、日本に滞在するためのビザも失ってしまったらどうなるのか・この絶望に近い状況の中で 自分のやってることはすべて価値があることなのか?車を降りて、韓国を眺望する地点まで歩いているとき、康司は僕がぼーっとしているのに気づき、”どうしたんだ?”と聞いた。僕はがっかりした顔と挫折しかけたような声で”たぶん95%このまま引き返さなきゃいけない気がするよ”と言うと、彼は少し止まって 僕の方を振り返り、”僕はそうは思わないよ”と言った。
結果 この遠征において 康司は最も重要な存在であることは間違いない。彼がこの遠征を可能にしてくれた(必要な知識や技術、1年以上におよぶトレーニングに自ら時間を割いてサポートしてくれたり、彼の家族を遠征のサポートにつけてくれたり、この遠征のために1か月近く仕事を休んでくれた)というだけではなく、彼はどんなことにも動じず前向きでこの遠征のゴールへと導いてくれる明るい光である。僕は 不可能と思わざるを得ない状況に直面したときにでも、ポジティブでいられるの人たちがいる いったいどうしたらそんなふうになれるんだろうと、しばしば思う。僕は彼のような 僕の人生を大きく変えてくれたすばらしい人に出会えたことを一生感謝します。